こんにちは!インターネット老人会青年部のアキ山です。
BEEPでは、ゲーム機ハード、ソフト以外にも「紙モノ」に力を入れています。
それこそナムコ、コナミ、タイトーなどの黎明期からのゲームメーカーのチラシからショッピングバッグや、攻略本、雑誌、メーカー資料まで買取を行っています。
そして特に今でも根強い人気なのが、ゲーム・パソコン雑誌たちです。
インターネットがこれだけ発達する前は、情報といえば殆どが書籍や雑誌によるものでした。
基本定期刊行される雑誌は最新情報やユーザーの声が反映されやすく独自の文化を形成しやすく、かくいう私もファミコン通信や、電撃プレイステーションなどを買っては新作の検討したり、投稿記事で笑ったり、毎月楽しく雑誌とともにゲームライフを送っていました。
現在の若い子は雑誌はあまり読まないようで、本離れといいますか、この楽しさを知らず勿体ないと思うのは、私も齢をとったのかなと思いますw。
マイコンBASICマガジンやログインの時代。
ファミ通ことファミコン通信は、そもそもパソコンゲーム雑誌のログインのいちコーナーが独立したものだということを本社スタッフに教わりました。
本社には今でもお世話になっているマイコンBASICマガジンやログイン、I/O、ゲーメスト、MSX-FANなど各種バックナンバーを資料として保管しているようで、
管理スタッフの生コン赤星曰く、BEEPはそもそも大橋編集長(マイコンBASICマガジン)チルドレンだからね。
BEEP*1って名前だけど爆!!と返事が社内チャットで飛んでくる始末。
何が爆なんだかちょっと若い私にはわかりませんでしたが、特にログインや古いファミ通、ファミマガ、マルカツPCエンジンのように90年代くらいまでの雑誌は今でも強烈な支持者が多く、お店でも人気の商品の一つです。
「雑誌というものは記事半分、広告半分で今でも充分楽しめるし一冊読めばすぐに当時にタイムスリップ(生コン談)」ということで、そんな彼の一番好きな雑誌は「ネオジオフリーク」だそうです。
しかしそれを聞いたが最後、声優「長崎萌」さんがKOF95のアテナに抜擢されたときの話、ナコルルのUFOキャッチャーがドウだのと過呼吸に延々と話しだしました。
主役である本体ハードと、ゲームソフト以外で最も当時の匂いが充満しているのが雑誌ということで、それ以外にもネットで拾いきれない情報がまだまだあるのが魅力ですよね。
マイコンBASICマガジンに代表されるように投稿プログラムの文化もアツかったそうです。
ドラゴンクエストのプログラム担当だった中村光一氏(チュンソフト)が工学社雑誌I/Oへアーケードゲームのスクランブル*2を投稿し話題になって、そのままエニックスのコンテンストにドアドアを投稿し、市販されプロへ。
のような話が特に有名ですが、またまた生コンさんの言葉を借りれば
「ログインのMSX向け投稿プログラムのミッドナイトチェイス・・・!これは市販される話で、結局されなかったんだよな。後に投稿者の高原保法さんはトゥルーラブストーリー作る事になるんだけど・・ミッドナイトチェイス1&2!これは雑誌を買って打ち込んでぜひとも遊んでみてほしい!コマンド全盛期のような時代にリアルタイム・アドベンチャーだよ。マニアックマンションより早かったんじゃない?」とのこと。
なるほど、同じような話はベーマガにもプログラムポシェットにも、MSXFANにもたくさんあるとのことで。
終始生コンさんに圧倒されたRPGツクールDS世代のアキ山でした。
※1・・BEEPという名前はBASIC命令から取ったんだよ、ほんとだよ。被っちゃったけど・・by社長 とのこと。
※2・・当時のアーケードゲームをそのまま非力なパソコンに移植する、それをそのままカセットに入れて販売する。
というおおらかな時代でした。パックマンもどき、インベーダーもどきは無数あったようです。
スクランブルはコナミの縦画面だけど横スクロールなヒット作品。
謎のコピー基板の亜流に「フライトレイン」というコスモス(ガチャガチャという言葉を生んだプライズ販売機のかつての最大手、羽生市に工場、本社があったこともある)が出したBGMが「ヴォンヴォンヴォンヴォンヴォン」という汽車をモチーフにしたレア基板もある。
コスモスのペラちゃんというドンキーコングの心臓に悪い移植もあるようです。
かつてBEEPイベント班がゲームレジェンドに持ち込んだが冷笑されあまり喜ばれなかったようです・・・。
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